みんなが見てきた瓦ジスタ

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林貴史プロフ写真

ロビイスト

林貴史

闇夜を照らす月灯りのような優しさ

藤田くんは、ざっくり言うと“屋根のことにやたらと詳しい思想家”です。

僕はちょいちょい藤田くんを想うん。 そうなってくると挙げ句の果てに僕は、屋根を想うん。

車を走らせながら散歩しながら ついつい屋根を見てしまう。

立ち寄ったカフェで 瓦のコースターが出てきたら写真を撮ってね、「こんなんあったよ!」って藤田くんに見せてしまう。

そうそう、藤田くんって、“瓦のことにも めっぽう詳しい思想家”なんやけどね、『つながる笑顔を創りたい』ってずっと言ってるん。綺麗事じゃなく 本気でそう言ってるん。

最初に藤田くんが 『つながる笑顔を創りたい』って公言したのは、高校の同窓会を幹事代表として準備し始めたとき(藤田くんと僕は高校の同級生)。藤田くんは 自分の気持ちをたくさん発信して、熱く激しく交流して同級生の心を揺さぶったん。

もちろん同窓会は大成功。

“同窓会が成功した”という表現よりも、藤田くんの熱い想いが 同級生を再び繋げてくれた。この表現の方がしっくりくる。

そこから藤田くんの「伝える力」が雪崩式に大きくなるんよね。

今、藤田くんに心を揺さぶられてる人がどれくらいいるのだろう。
今、藤田くんを想ってる人がどれくらいいるのだろう。

藤田くんて“瓦を愛する思想家”なんやけどね、実は僕は藤田くんのことをよく知らないん。中学生の頃から知ってるけど、初めて言葉を交わしたのは去年。それからも たいして言葉は交わしてない。ほとんど会ってもいない。

でも 身近に感じる。分かり合える。と言うよりも、分かり合えた気持ちになれる。それはつまり藤田くんの発信には 必ず共感できるところがあるからだと思う。必ず共感できることって きっと「愛」よね。
藤田くんと会えない時間が、僕の愛を育てたん(照笑)

↑こうゆう人 多いと思うよ(´・Д・)」

「愛」という目には見えない形もないものを、さらっと言葉にして投げかける。

そんな藤田くんがセミナーを開催したん。内容未定。金額六千円。来れる人は来てくださいって 一度だけ告知したんよね。

即座に席が埋まった。

藤田くんが面白いことやるなら行ってみよう。そんな理由で人が集まる。

そして開催されたセミナーにみんなが熱狂した。そのセミナーの最後の挨拶で藤田くんはこんなことを言ったんよね。

良いコミュニケーションのほとんどは「労(いたわ)り」と「労(ねぎら)い」で成立する。周りの人を労り、また労うことで 人は繋がることが出来る。僕はそうして仲間を増やしてゆきたい。

藤田くんは今、渇望している。さらなる 「伝える力」を身につけたいと。あなたの心を震えさせたいと。

もう 充分震えとるけどね。藤田くんが僕らに投げかける言葉の根底にあるのは、誰かの役に立ちたいという利他の心。闇夜を照らす月灯りのような優しさ。

だから僕はもし、藤田くんが弱ってしまったら彼を労(いたわ)りたい。
だから僕は藤田くんを労(ねぎら)いたい。

みんなを繋げてくれてありがとう。
巻き込んでくれてありがとう。

僕の足もとを照らしてくれてありがとう。


林亜以プロフ写真

顔文字マスター

林亜以

めっちゃ深くて、広くて、大っきい人

隆志くんは高校の同級生です。と言っても、当時はひとつも言葉を交わしたことがありませんでした。クラスは違うけど、理科の選択が化学で2年間一緒だったのに、ホントにひとっことも喋ってません。

あんまり笑わないし、ちょっと怖かった。(あ、誤解しないで欲しいのですが、何か嫌なことをされたとかではなく、私が勝手にイメージを作ってました。ごめんなさい >_<

そんな彼が、高校卒業20年後に行われた同窓会の幹事さんをしてくれました。

えっ?そんなんする人やったっけ??
これまた、私の勝手なイメージからの感想です(^^;;

でも、そんな大変な役をしてくれる隆志くんに興味を持ち、彼が毎日投稿してくれるFacebookの同窓会ページを見るようになりました。

正直なところ、高校時代は仲の良い人だけに自分をわかって貰えたらいい、それ以外の人にはわかって貰えなくてもいい、と自ら壁を作っていたので、多分私のことを「感じ悪い」と思う人もいっぱいいたと思う。だからそんな私が受け入れられるのか、不安だった。なので、最初は同窓会ページを見るだけ。コメントはもちろん、いいね!すら押せる勇気がなかった。まだ私の心の氷の壁は分厚く、凍ったままだった。それは多分、ほとんどの人がそうだったと思う。

でもそれでも、隆志くんは毎日毎日投稿し続けてくれた。読む人が楽しんでくれるよう、毎回、ちょっとオチをつけて(笑)すると、彼のその想いに氷の壁を溶かされた人たちが、少しずつ、いいね!やコメントをしていくようになった。

そしていつしか、私も。。。そのおかげで、みんなの輪の中に入っていけました。

隆志くんがその同窓会ページに綴った言葉で、忘れられないものがあります。

「誰かが心震える瞬間を見てみたい」

すごくないですか?自分が心震えたいのではなく、誰かが心震える瞬間を見てみたいと言うのです。さらにそのページには、ふるさとへの想いも綴られていて、そこで生まれ育った人たちの思い出をよりよいものにすることで、このまちを素晴らしいと思ってもらいたい。そのためには、この同窓会を通して、自分たちが共有した時間をよりよいものと感じて欲しい、と。

過去の思い出をちょっとだけええ感じにしませんか?

というようなことが書かれてありました。
この同窓会をきっかけに、疎遠になっていた心友と、また頻繁に会えるようになり、そしてあの頃、壁を作っていたために、仲の良い人以外にはあんまりいい印象を与えていなかったに違いないという、ええ感じじゃない思い出も、ええ感じに思えるようになった。それは隆志くんに、心の氷の壁を溶かされて優しくなったみんなが受け入れてくれたから・・・何より、少し煩わしさを感じていた両親やふるさとのことも、大切に、大好きになれた。

そんな自分が好き。彼と再会するまでの自分よりめっちゃ。そう思えたのも、本当に彼のおかげ。感謝してもしきれない。

そして、隆志くんには同窓会を通してやりたかったことがあって、それは、

【人と人とのつながりを素晴らしいものにすること。】
【つながる笑顔を創ること。】

かつての成功や失敗、楽しさやつらかったこと、全部まとめて持ってきてもらって、そして、その時間すべてを受け入れ、丸ごと肯定して、楽しんでやりましょう(^-^)

ってこと。めっちゃ深くて、広くて、大っきい人。こんな人の想いに心震えない人なんていない。そんな隆志くんが幹事だったから、たくさんの人が同窓会に参加したんだと思う。そこにいた誰もが心震える瞬間があったはず。
その同窓会ページの最後には、

【Thank you for being with me.】〜そばにいてくれてありがとう〜

と綴られていた。こちらこそ本当にありがとう。あなたのお陰でたくさんの笑顔がつながれました(^-^)


宮武洋子プロフ写真

植物屋のナース

宮武洋子

人と人をつなげる才能がずば抜けている

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写真は香川県三豊市某所からの風景。
『誰そ彼(たれそかれ)』という言葉は、黄昏の語源と言われています。
あたりが暗くなってきて、「誰そ彼(あれは誰ですか)」とたずねたからなんですって。
こんばんは。
この風景と、この話をこよなく愛する、ナースだけど植物屋・超文系女子のミヤタケです。

さて、今日はこの風景写真を撮った人をご紹介しましょう。

それはこの人。
瓦ジスタこと藤田隆志。

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この男前は誰? って感じですよね。
この人はね、私の心友「隆志ちゃん」。
知っている人は知っている、知らない人は全く知らない、別名『三豊のSNS』です。

そういえば高校3年生の時に同じクラスだった人。
寡黙で私を含むクラスメイトとほとんど喋らなかった人。
こっそりとパーマをかけてた人。
なぜか周囲に心を閉ざしてた人。

それが20数年前の私が知る藤田隆志という人でした。

そしてその再会からずっと、絶えることなく彼から投げかけられる言葉があるのよね

変われ!!!

実際に言われたわけでもないのに、そう聞こえる。
(それは今も続いています)
そしてなぜかその言葉に応えたいと思う私がいる。
(それは今も続いています)
それは彼自身が、あの心を閉ざしていた頃から1260°くらい変わっていたからかもしれません。

学校で毎日顔を合わせていたあの頃より、現在会うたった1時間だけのほうが分かり合える感覚、伝わりますか。
いや、分かり合うというより、お互いをさらけ出すというほうが言葉としては適切かな。
閉じていた彼は完全に開け放たれていました。

似ているところの全くない私達なのに、向いている方向は同じ。
故郷を愛してないと、冒頭の写真は撮れないのです。

彼の思いに共鳴した結果、ここにナースとして働きながら、植物屋をやろうとしている私がいる。
しかもブログまで書いている私がいる。
私のブログを読んでくださる人たちにとって、隆志ちゃんは一見何の関係もない人だけど。
きっと私は、『もしかしたら一生会うことはなかった人たち』に出会わせてもらったんじゃないかな。
それって結構すごいことだと思いませんか。

人と人をつなげる才能がずば抜けているって思いませんか。

今、その彼がまた誰かの人生を1260°くらい変えようとしています。
もっともっと人が変わる瞬間を見たいって。
人と人をつなげて、そのみんなを笑顔にしてやろうって思ってるみたい。
具体的なことをちゃんと話したわけじゃないけど、彼ならできるかもしれないな…いや、やるだろうな。


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うどんバカ

谷井克敏

最高の軍師です

うどんバカ店長の谷井克敏です。今日は25年来の心友について書きます。
「まいど!」
まいど! は、心友の藤田隆志がちょいちょい使う言葉です。 普段からアヤツとはかなり何かしら話してます。
なり初めは高校でした。高校で一緒にサッカーしました。
アヤツが高校何年生かの時に、 モテたくてパーマあててた! らしい・・・ 
毎日一緒にサッカーボール追いかけていたけど、そのことについてはまあまあ最近知りました(笑)
高校生当時、僕はサッカー部のキャプテンだったんですが、今思い返すと、何かしら決断をするときには、最後には隆志の意見を聞いていたように思い出します。
今もそうですがたいがいヤツは、みんなの意見(話)を聞いてから、自分の想い・考えを言ってくれる感じです。
でね、本音を言ってくれるから痛いんですよ!ウソや偽善じゃないことも同時に感じるんですよ!!!だから感じるんですよ!!!
そんなアヤツのことをもっと深く解るようになったのは、これまた最近です。

また、発想もおかしいのです!
謎!なんてことを思いつくんだ!こんな発想、知らんし!!! まぁ~なんてことを、言うのでしょう!!!
そんなことはしょっちゅうです。ここだけはその機会に恵まれることが多いのは、僕の自慢かも!?
でね、僕が困っているときに必ずなにかしらコンタクトをとってくれるんです。
受け止めてくれた上で、なにかしら言ってくれます。
そして必ず、 僕の本質、何がしたいのか?ってことも併せて、自分の意見を言ってくれます。
とんでもないこともありました。
「うどんモンブランつくれや!!」
僕:「なんじゃそれ!!」
でも、アヤツは マジなんですよ!!!
こいいう風にやってみたらどうかを、マジで考えてくれてのことなんです。
こんなに想ってくれているアホなやつも、僕にとっては稀ですしね!!!
マジでアホです!!!
でもね、アヤツが考えていることは、自分の周りのみんなをどうやったらもっと笑顔にできるか?ってとこに、集中しています。
「 なんでそんなトコやコトに気付くのか・・・・????? 」
間違いなく、アホやからです!

僕はアヤツの一番の好物を知っています!『スイーツ!』 って思った貴方中級です!!!それも十分に仲良くなれますから! (あ。 ホワイトロリータってお菓子が、大好きみたいですよ~笑) 上級になってみたい!そんな貴方様は、隆志と腹割って話する時間を、ぜがひともつくってみてください。

アヤツの人を見る目は、かなり・かなりですから!!!!!

で、最後に。
藤田隆志は、 【 優しさ 】に溢れていて、なおかつ応援してくれる!!!!!そんな、最高の軍師です。
そう!諸葛孔明・・・ よりも 頼りになりますから!
以上!!!


石川克幸プロフ写真

布団業界のカリスマ

石川克幸

傾聴力に長けた人

もしかしたら私は、藤田隆志さんのRevolutionを最も間近な所で目の当たりにした一人かもしれません。

藤田さんと私のご縁は今から約8年前、地元の経営の勉強会で出会った時から始まります。藤田さんの第一印象は『内気』な『モジモジ君』そして『ちょっと頼りないなぁ』と思ったものです(スミマセン)

いつの頃からか藤田さんは、ちょいちょい私のところにやって来ては、いろいろなお話をするようになりました。藤田さんは瓦葺きの職人であることにプライドを持ちつつも『このままでは瓦の仕事が無くなる』との強い危機感を持っていました。

その頃の藤田さんの心の中を私なりに代弁してみます。

危機感があるからこそ
何かを変えなくてはならない
でも何をしてよいのか分からない
だからいろいろな所から貪欲に情報を吸収して
とにかく何か行動に移さなければ

そしていろいろと行動する中で、藤田さんは少しずつ自らの想いをカタチにしてゆきました。そして彼の想いが育つのに合わせて、周りを少しずつ巻き込みつつある・・・私の目にはそんな風に映っています。

最近の藤田さんの“変貌”ぶりと“行動力”は目覚ましく、あの内気なモジモジ君は一体どこに行ってしまったのだろう?と・・・不思議に思うことがあります。

でもその一方で、藤田さんはあの頃と同じく物静かで穏やかな人です。あまり出しゃばることはなく、どちらかというと聞き役に回ることが多い彼のままでいてくれることに、私は安心感を抱いています。

藤田隆志さんが、これからどんなノスタルジーを紡ぎ出していってくれるのか?私もしっかりとつながりながら、見守ってゆきたいと思っています。


道上大輔プロフ

瓦業界の異端児

道上大輔

やがてはそれが百人百一脚につながっていく

僕と藤田さんとの出会いは偶然?必然?・・・瓦の窯元として、屋根屋さんである藤安瓦さんへの飛び込み営業訪問でした。 営業といっても製品や値段を売り込むことは一切なく、ただ瓦の未来創りに共感・共鳴していただく人探しとして訪れた先であった必然の出会いだったと思います。

異業種に比べてまだまだ全然出来ていないことが多すぎる発展途上な瓦業界において、二歩ほど先を行くアイデアや行動に素直に共感していただけた数少ない屋根屋さんの一人です。

半歩ほど先のアイデアや取組みだと違和感なく受け入れられやすいのですが、一歩以上先を見越したアイデアには反発や批判があるこの閉鎖的で保守的な業界において、二歩先のビジョンを抵抗なく受け入れてくれ、また協同して即実行に移せた数少ない屋根屋さんの一人です。

言い換えれば藤田さんはそれだけ純粋で、コップでいうとまだまだ満たされシロがあったのかも(笑)

とにかく、その出会いからの藤田さんの眼の、まさしく少年のような輝きは今でも印象に残っています。水を得た魚とは彼のことでした!

具体的には、まず瓦の雑貨および内外装材としての新展開にはじまり、軽トラの荷台を移動式瓦ガーデニング提案仕様にして地元を走りまくってたのは伝説です。

またお洒落な雑貨店とのコラボで多様なオリジナル瓦小物を自らもプロデュースし、イベント等にも積極的に出店し、瓦というモノを身近に感じさせる啓蒙活動に邁進します。

並行してすぐにホームページも全面リニューアルするという怒涛の快進撃をみせます。

業界初である瓦の火入れ式提案では、一番の実践屋根屋さんとして、設計・工務店を巻き込み、家づくりの一つのチームとして、今までにない屋根の価値を売るベースを築きました。

その甲斐もあってか、売り上げはすぐに倍になったそうです!!

おかげで藤田さんちへの瓦の売り上げが倍増したのは言うまでもなく(笑)

そんな藤田さん・・・今度は不動産会社まで立ち上げ、地域にあるかけがえのない建築を土台から守る取組みにも着手。

その先には風景を、文化を守りたいという強い信念があります。

仕事を創り、会社を守り、家族を守り、町を守り、繋がる笑顔を創る・・・動けば動くほど、まだまだ守るモノとコトが増えそうな予感の藤田さんです(笑)

運命共同体としての窯元と屋根屋の二人による二人三脚はまだまだ始まったばかりです!

やがてはそれが百人百一脚にも繋がっていけるよう、これからも地に足つけて、屋根というフィールドを自由奔放に駆け巡る瓦ジスタであり続けてください!!


神谷英嗣

業界ナンバーワンの発信力

神谷英嗣

有言実行の男

瓦ジスタこと、藤田さんと僕の出会いはブログでした。

僕がブログを始めた当初から藤田さんのブログを毎日チェックしており、こうやって頑張っている屋根工事店さんもいるのだなと密かに発信を追い続けていました。

瓦業界の中でも数少ないブログを継続する力を持っており、素直で優しい人柄溢れるブログに段々と心惹かれていました。

そんな藤田さんとは愛知と香川で距離は離れているけれども、心の距離は近い同志だと思っています。

初めて事務所にお邪魔したのは雨の降る日でした。

事務所の外には瓦ガーデニングがあり雨に濡れて瓦の艶っぽさを感じました。事務所内にも瓦コースターなどオシャレな小物でいっぱいでした。素敵な空間に感動し帰るタイミングを失うくらい熱く語り合ったのを覚えています。

直接お会いする機会は数えるくらいですが、時には電話で新たなチャレンジの相談をしたり、わざわざ愛知まで相談に来てくれたり。

今もSNSを通じて気持ちの近い同志として日々の発信を楽しみにしています。

屋根工事業のみならず、生まれ育った三豊地域のことを真剣に考え、空家問題に切り込むために宅地建物取引主任者の資格を取得し、不動産屋としても活動の幅を拡げたと聞いた時には心底驚きました。

昼間は屋根工事業として現場でお施主さんのために全力で屋根工事をし、夜は宅建の勉強をしていた日々を思うと尊敬の念しかありません。

自分が信じた目標に向かって突き進む芯の強さも藤田さんの魅力です。

まさに有言実行の男。
そんな藤田さんが、全国の屋根工事店さんとSNSを通じて集まり、瓦サミットというイベントをやりたいと想いを打ち明けられた時は本当に嬉しかったです。

僕たち瓦メーカーではなく、屋根工事店さんが発起人となって開催できたことが今までに瓦業界ではないチャレンジだったと思います。

藤田さんの瓦業界を良くしたいという真っ直ぐな信念があったからこそ共感を呼び、成し遂げることができたのだと思います。

瓦ぬ想いの深さがあったからこそ。

これからも一緒に瓦業界を盛り上げていく新たなチャレンジをしていきたいなと思っていますし、瓦業界に必要なパワーを持った方だと思っています。

僕は藤田さんを応援しています。


なるかわあかねプロフ写真

遺影写真家

なるかわあかね

みんなと広い心で柔軟に接することができる人

手を差し伸べて、優しく道を照らしてくれる人。 それが、藤田さん。

最初に話した時から今も変わらない。 いつも安定的な存在でいてくれる。 いつも優しい笑顔や言葉で受け止めてくれる。

そして、その人の軸を探し当てて、一人で立てるように、励まして導いてくれる。

幼なじみと接するときも ビジネスな関係を築く時も 友達としても話す時も 藤田さんは全然変わらない。

みんなと広い心で柔軟に接することができる人。 それが、藤田さん。

藤田さんが持つ広い心は、多くの人を励ますことができる。 多くの人が出逢うべき男。

これからも藤田さんに受け止めてもらいながら、私も藤田さんの変化に敏感になって、私も藤田さんの力になりたいと思う。 今まで藤田さんに支えてもらった感謝を少しでも藤田さんや周りの人に返していけたらと思う。

そして藤田さんがどんどん瓦業界関係なく多くの人の力になれると信じて、心から応援しています。


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マーケティングパートナー

横山文洋

ノスタルジーを創る男

ノスタルジーとは、フランス語で郷愁、懐古の意味。

僕らは時代の変化、成長と共に、新しいものを追い続けてしまった。
その反動として、古いものや懐かしいものを見直す気持ちが芽生えてくるのでしょう。
そして、その気持ちは懐かしい過去を思い出し、あたたかい郷愁の念から心が穏やかになる。
この国に生まれ、この国で育って来たことを思い出す。
大人になって、それぞれの立場や複雑な思いで分かり合えない人がいることもある。
それでも、感じるノスタルジーはきっと僕らが元々もっているアイデンティティのようなもの。
自然と笑顔になり、誰もが持つ、日本文化への帰属意識から緩やかにつながっていく。
それが、いろんな価値観が飛び交う現代に生きる僕たちが唯一持っていると言っていい程の、共通の価値観じゃないでしょうか。

僕が考えている、ノスタルジーを感じる事の意味はこんな感じです。

そして、このノスタルジーを創ることで、人と人を笑顔でつなげていきたいと思う男に出会いました。

 藤田さんと初めて出会った日。遅刻した僕を容赦なく殴りました。

藤田さんと初めて出会った日。遅刻した僕を容赦なく殴りました。


これは、今年(2016年)の4月25日。僕は藤田隆志という男に出会いました。
Facebookで僕に興味を持ってくれ、僕の個人コンサルに申し込みをくれたのでした。

それなのに…
自分で指定した待ち合わせ場所に、自分で指定した時刻に道に迷って行けなかった僕。
この日の事をまるでおとついの事のように思い出します(笑)
□その時の様子は藤田さんがブログにまとめてくれてます。
「Yzanという男」

 その後、広島の風景を見ながら日本の美しい景色について語ってないけどなんとなく伝わりました。

その後、広島の風景を見ながら日本の美しい景色について語ってないけどなんとなく伝わりました。

僕は、マーケティングパートナー。
藤田さんは、屋根屋。

まったく共通点のないふたりですが、恐らく生きていく上での根底にあるものが全く一緒。

僕は、地方を活性化する。
藤田さんは、ノスタルジーを創る。

これは、どちらも日本の魅力を通じて、人と人をつなげていこうという気持ち。
だからこそ、お互い大した話はこの日もまったくしなかったのですが、分かり合えたんだろうと思う。

理念という部分で共通していると、手段や状況は全く関係なくつながれる。
この日を境に藤田さんと仲良くなりたくさんのご縁をいただきました。

藤田さんの周りには人が集まる
このノスタルジーを創ろうとする、藤田隆志という男は、とにかく人望がすごい。
周りに人が集まっている。
そして、みんな感謝している。
これは、藤田さんがいつも相手を尊重しているからだと思う。
僕が、「全ての人にわかってもらうことはできない」という話をした時に、藤田さんはこう言った。

「それでも…オレは全ての人にわかって欲しいけどな」

この言葉の真意が伝わってますでしょうか?
念のためですが、全ての人にわかってもらうように媚びを売るということではありません。
藤田さんも結局は、個を出して発信している為、わかってもらえない人は当然でてきます。

それでも、初めからその前提で価値を伝えていくのと、全員にわかってもらうことは難しいと知りながらも…それでもわかって欲しいという理想を持って人と接していくのとはわけが違います。

全員にわかってもらうことは不可能 = 全員にわかってもらう必要はない

こうはならないわけです。
不可能だからと言って、その努力をしないでいい事にはならない。
これは、僕も人の気持ちという点でものすごく共感できます。
よく、人の気持ちはわからないから自分の気持ち優先で生きるとは言いますが、わからないからと言って、相手の気持ちを探ろうと最大限努力しないのとはわけが違うということです。

結局はどこまでいってもそれはわからないのかもしれない。
だけど、藤田さんは、それでもひとりひとりを尊重し、わかってもらおう、わかりあおうとしている。
そんな生き方をしている人のまわりには、こんなにも人が集まっていくんだなぁということを感じます。

不可能なことと知りながら、それでもそれを諦めていい理由にしない生き方。
それはきっと、理想へ限りなく近づけるストイックな生き方なんだろうなって思う。

そして、そのベースにあるのは、きっと冒頭で述べたノスタルジー。
個々の考えや思想でわかりあおうとしてないのです。
誰もが心のどこかに持っている、郷愁の念や、この日本の美しい景色。

それをベースに分かり合おうとしているから、きっと藤田さんにとっては、人の考え方だとかの違いはあっさりと許容できるのかもしれないですね。

屋根屋さんとして、その職業がもたらす日本の景観にここまでの価値を感じて働く藤田隆志。
僕は、この男の果てしない理想を一緒に追いかけていきたいなって思ってます。