すこ〜し前は、「真理」っカッコイイなって思いながら、blogやFacebookでその言葉を多用していました。
でもある時からその言葉を使うのをやめてました。
真理ってなんだろうって思ってからはやめてました。つまり、いまいちよく分からないまま使ってたっていうことですね。いやはや、お恥ずかしい…。
ボクの尊敬する人たちは、ちゃんと理解した上で使っているんだと思います。やっぱすごいです。
でね、ボクがちょっと、ああ〜、これが真理ってことなのかな?って思ったことがあるのでちょっとここでシェアしたいと思います。あくまで、まだまだ自分のモノになっていないので、軽い気持ちでお付き合いください。
明日死ぬかのように生きなさい。
永遠に生きるかのように学びなさい。
あの有名なガンジーの言葉です。
人はもしかしたら明日死ぬかもしれない。
本当はそんなことなくて、明日もずっと生きている。
でもやっぱり、明日死ぬかもしれない。
これってね、一見相容れないモノのようにみえるじゃないですか?
そう簡単に死なねえよって思いながらも、明日死んでしまうことを誰も否定出来ない。
明日にはもう二度と、会いたい人に会えなくなるかもしれないってことを否定できない。
けど、たぶん明日からも生きていく。会いたい人と会っていく。
ということは、どんな生き方をすればいいのかっていうのなら、このガンジーの言葉を使うのなら、
明日死ぬかのような生き方が、永遠に学ぶように毎日生きていくこと。
相容れないモノを同時に追求していくことが、ボクにとっての真理ってことです。それがボクなりの真理の定義です。
幸せになりたかったら、誰かを幸せにすること。
ボクはこれも真理だと思っています。
幸せって自分の心にあるものなんだけど、自分だけが感じることが出来るのが幸せって感覚なんだけど、それは、自分じゃない誰かを幸せにすることによってそれを感じることが出来るってこと。
これも一見相容れない、自分の課題と相手の課題の問題のような気もするんだけど、根っこではつながっているんだと思います。
死を意識することが、精一杯生きること。
これも同じことかな^^
失われて初めて気づくこと。
失わないから気づかず過ごすこと。
どちらもこれが、いわゆる日常であり、普通なんだと思います。
でも、失う前から気づくこと。それも真理だと思います。
心からのありがとうがほしいなら、心からありがとうを思わなくちゃいけない。
心からのありがとうを思いたいなら、相手がどう思っていようが関係ない。
それも真理なんだと思います。
まだまだ真理って言葉の意味を理解していません。
そもそも完璧に理解できるものでもないのかもしれません。
でも、人として生まれたからには、人として生きるのは、真理を追求していくことが真理なんだと思います。